民法総則改正のポイントを徹底解説(第4回)~無効、取消しについて~
監修:牧野法律事務所(千葉県弁護士会)
代表 牧野 房江弁護士
2020年4月1日に一部の規定を除いて施行された改正法は、民法の第3編「債権」の規定およびそれと関係する第1編「総則」の一部規定が改正の対象になりました。
民法の第3編「債権」に関する改正事項は、すでに当事務所のコラムで全7回にわたって解説を行いました。
また、民法第1編「総則」の主な改正事項については、すでに下記の通り解説しました。
- 「民法総則改正のポイントを徹底解説(第1回)~心裡留保について~」
- 「民法総則改正のポイントを徹底解説(第2回)~錯誤、詐欺について~」
- 「民法総則改正のポイントを徹底解説(第3回)~代理について~」
第4回目の今回は、無効と取消しに関する改正を取り上げます。
目次
無効と取消し
今回の改正によって、無効や取消しがなされた後に当事者間で行うべきことが明確化されました。
無効と取消しの違いについては、「民法総則改正のポイントを徹底解説(第2回)~錯誤、詐欺について~」のコラムですでに解説をしていますが、もう一度、無効と取消しについて説明します。
その後、無効と取消しによって発生する義務とその範囲について解説します。
無効とは
Bは、高級車1台と毎月50万円の手当を要求し、Aはそれを受け入れた。
無効とは、ある行為に初めから法律上の意味が認められない場合を言います。
例えば、愛人契約や奴隷契約は「公の秩序又は善良の風俗」に反するため、無効です(90条)。
「公の秩序又は善良の風俗」は省略して「公序良俗」と言われますが、これは、簡単にいえばモラルのようなものです。
(事例①)で、AとBは双方ともに納得し、合意によって愛人契約を結んでいます。
しかし、一夫一妻制を採っているわが国では、愛人契約(不倫)は社会で認められないモラルに反する行為であり、公序良俗に反するため無効です。
当事者であるAとBがいくら合意していたとしても、AB間の愛人契約は初めから法律上の効果を生じません。
取消しとは
Dは、Cの言葉を信じてその水を購入した。
無効と異なり、取消しは、取り消されるまではその行為は法律上一応有効に存在します。
取り消された場合に初めてその行為は最初から無効であったことになります(121条)。
(事例②)のDのように、相手に騙されて意思表示をした人はその意思表示を取り消すことができます(96条)。
Dが取り消すまでは、CとDとの売買契約は一応有効に存在し続けます。
Dが騙されたことに気づいて取り消した場合に初めて、CとDとの売買契約は最初から無効であったことになります。
つまり、無効と取消しは、無効な行為は最初から法律上意味がないのに対して、取り消すことができる行為は取り消されるまでは一応有効に存在するという点で異なっていますが、初めから法的効果が発生しなかったことになる点では、共通しています。
無効及び取消しに伴う返還義務
最初から法的効果がなかったことになると、その行為に基づいて互いに受け渡した物などを精算する必要があります。
改正前の民法には、無効や取消しの場合の精算に関する規定はありませんでした。
解釈によって、お互いがお互いをその行為が行われる前の状態に戻す義務を負うとされてきました。
このような義務を原状回復義務といいます。「原状」とは、元の状態という意味です。
改正法は、従来の解釈に従って無効や取消しとなった場合に当事者双方が負う原状回復義務を明文で定めました(121条の2第1項)。
これまでの解釈を踏襲する改正ですので、実務への影響はほとんどないと考えられます。
無効及び取消しに伴う返還義務の範囲
改正前の民法には無効や取消しの場合の原状回復義務が規定されていなかったので、その義務の範囲も解釈にゆだねられていました。
今回の改正によって、義務の範囲についても規定が設けられました。
お金を受け取った場合
お互いがお互いをその行為が行われる前の状態(=原状)に戻す義務がありますので、お金を受け取っていた人はお金を相手に返還します。
もしそのお金の一部または全部を使ってしまっていたとしても、受け取った金額全額を返還しなければなりません。
(事例①)のBも、(事例②)のCも、受け取ったお金が手元に残っているか否かにかかわらず、相手から受け取った全額を相手に返還しなければなりません。
物を受け取った場合
物を受け取った人は、受け取ったその物を返還します。
もしその物を不注意で壊してしまって現物を返還できなくなった場合には、その物の価値に相当する金額を支払わなければなりません。
これを、価額償還義務といいます。
例えば(事例①)のBは、受け取った高級車1台を返還する義務があります。
もしその高級車で自損事故を起こして車体を傷つけてしまった場合には、価値が減退した分を金銭で支払わなければなりません。
また、(事例②)のDは、水を返還する義務があります。
もし水を飲んでしまっていたならば、飲んでしまった分に相当する金額を返還しなければなりません。
例外
上記の考え方が原則となりますが、2つほど例外が定められました(121条の2第3項)。
1つは、無効又は取り消された行為が、贈与契約のような無償行為であった場合です。
その行為時にその行為が無効又は取り消すことができる行為であることを知らなかった人は、その行為の無効又は取り消しが確定した時点で存在している利益(これを「現存利益」といいます)だけを返還すれば足ります。
もし受け取った物に傷をつけてしまっていたとしても、それをそのまま相手に返還すれば十分です。
2つめの例外は、行為時に意思能力がなかった人と、行為時に制限行為能力者であった人の場合です。
意思能力は、自分がした法律行為によってどのような効果(結果)が起こるのかを理解できる能力といえます。
制限行為能力者は、未成年者や成年被後見人等のことです。
これらの人の場合も、現存利益を返還するだけで足ります。
改正前も、制限行為能力者の返還義務の範囲は現存利益に限られるとする条文がありましたので、その点については改正前後で変わりません。
新たに意思無能力者の無効又は取消しに関する規定が追加されただけですので、実務上の影響はそれほど大きくないと考えられます。
まとめ
無効や取消しに関する改正は、従来の解釈を明文化する内容ですので実務上それほど大きな変化はありません。
ただ、例えば詐欺や強迫による取消しについては、被害者救済という観点から返還の範囲について従来から議論がされていましたが、今回の改正ではその点については明文化されず、解釈上残された問題とされています。
そのため、悩んだときにはまずは弁護士にご相談ください。