どのようなときに成年後見制度を利用する?
監修:牧野法律事務所(千葉県弁護士会)
代表 牧野 房江弁護士
成年後見制度については、コラム「成年後見制度について」で概要をお話ししました。
ただ、判断能力が低下して、財産管理や身上監護にサポートが必要になったときに成年後見制度を利用できることはわかっても、どの程度の判断能力の低下で制度を利用するべきか、どういう場合に制度を利用した方が良いのか、成年後見制度以外の選択肢はないのか、など疑問に思うことがあるのではないでしょうか。
一度後見開始・保佐開始・補助開始・任意後見監督人選任の審判が出てしまうと、ご本人の判断能力が回復しない限り(またはご本人が亡くなるまで)成年後見人・保佐人・補助人・任意後見人の仕事が続きます。
このコラムでは、どのようなときに成年後見制度を利用した方が良いのか、みていきます。
目次
成年後見制度 利用の動機
裁判所が2020年に申し立てられた成年後見関係事件(後見開始、保佐開始、補助開始、任意後見監督人選任事件)の動機をまとめたところ、結果は次のとおりでした(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和2年1月~12月-」より)。
2位 身上保護 23.7%
3位 介護保険契約 12.0%
4位 不動産の処分 10.4%
5位 相続手続 8.0%
ちなみに、申立てをした人は、市区町村長が1位(約23.9%)、ご本人の子どもが2位(約21.2%)、ご本人が3位(約20.2%)とのことです。
預貯金等の管理・解約
申立ての動機で一番多かったのは、預貯金等の管理・解約です。
「認知症の父親の施設入居のために父親名義の定期預金を解約しようとしたら、金融機関から成年後見人をつけるように言われた」というようなことがあるようです。
また、ご本人の判断能力では預貯金から生活費を引き出すことができないなどの状況では、日々の生活が難しくなりますので、ご本人をサポートする方法を考える必要があります。
サポートする方法は、ご本人の判断能力の程度によって、成年後見制度や後述する日常生活自立支援事業が考えられます。
ただ、ご本人の生活費を立替えて支払えるご家族がいる場合は、ご本人の預貯金を引き出さずに生活できるかもしれません。
ご家族がご本人の生活費を立替える場合は、領収書を取っておくなどして、後々のトラブルを回避しましょう。
一方、ご家族がご本人の預貯金を勝手に自分のために使ってしまうような場合は、成年後見人等をつけた方がいいでしょう。
また、ご本人と同居していて、ご本人の生活費とご家族の生活費をきっちり分けられないような場合は、親族間でトラブルになる可能性が高いので、注意が必要です。
身上監護・介護保険契約
申立ての動機2位は身上保護です。
身上保護(身上監護ともいいます)といっても、食事の介助や車いすを押すなどの身の回りの世話や介護のことではありません。成年後見人等の仕事に身の回りの世話や介護は含まれません。
成年後見人等が行う身上監護は、ご本人の生活環境がご本人の要望に近づくように法的な手続きを行うことです。
例えば、要介護認定の申請手続きや病院への入院手続き等です。
3位の介護保険契約も身上監護に含むことが多いです。
ご本人に必要な介護保険サービスについてサービス提供事業者を選び、契約を結びます。
介護保険契約はサービス提供事業者とご本人が契約を結ばないといけないので、ご本人に契約内容について理解できる判断能力がないと有効な契約となりません。
介護保険サービスを受けたいけれど、判断能力が十分ではない場合は、成年後見制度を利用する必要があります。
なお、福祉サービスを利用するにあたって、保証人や身元引受人を求められることがありますが、成年後見人・保佐人・補助人・任意後見人は保証人や身元引受人にはなれません。
また、医療行為の同意もできません。
ただ、成年後見人等がご家族の場合、ご家族という立場で保証人や身元引受人になったり、医療行為の同意をすることは可能です。
不動産の処分
申立ての動機4位は不動産の処分です。
契約を有効に成立させるためには、当事者に契約の法的な意味を理解するだけの判断能力が備わっている必要があります。
不動産の売買は、取引金額が高額になることが多く、リスクを伴うこともあるので、比較的高度な判断能力が必要です。
では、不動産売買に必要な判断能力があるかどうかは、どのように判定されるのでしょうか。
多くの場合、不動産売買では不動産業者や不動産登記の関係で司法書士が関わります。不動産業者や司法書士が当事者と面会して、本人確認と意思確認をします。その際、判断能力に問題があると売買契約はできません。
ご本人名義の不動産を処分する必要があるときは、成年後見制度を利用しましょう。
なお、ご本人に成年後見人がついても、ご本人の自宅を売却する際には家庭裁判所の許可が必要です。
相続手続
人が亡くなると、その人について相続が発生します。
相続が発生すると、法定相続人は自動的に法定相続分を引き継ぐことになります。
遺産が借金ばかりだと、相続放棄を考える必要があります。
相続人が複数人いると、遺産分割協議をすることになります。
協議では話し合いがつかない場合は、遺産分割調停で話し合うこともあります。
また、遺言書があって、遺産がもらえる場合、それを受け取るかどうか決めなくてはいけません。
逆にまったくもらえない場合、遺留分侵害額請求を検討することになります。
それら諸々について、理解し、決められるだけの判断能力がない場合、その相続人は成年後見制度を利用する必要があります。
まず、預貯金の相続手続では、遺産分割協議書や遺産分割調停の調書がある場合は、金融機関に提出する必要があります。
協議書も調書もない場合は、相続人全員が金融機関所定の用紙に署名捺印することになります(遺言書で預貯金を受け取る人が指定されている場合は別です。)。
遺産分割協議も遺産分割調停も相続人全員が参加する必要があり、一人でも欠けると無効です。
不動産の相続登記手続については、法定相続分どおりに登記をする場合、相続人の一部の人が代表して申請することもできますが、登記識別情報通知(以前の権利証)は申請人にのみ交付されます。
そうすると、後々その不動産を売却する際に余計な手間と費用が必要になりますので、相続登記手続は相続人全員で行った方が良いです。
遺産分割協議に期限はありません(ただし、特別受益や寄与分の主張をする場合は期限があります。相続に関する期限については「相続に関するタイムリミット(期限)」をご覧ください)。
相続人の中に認知症の方がいて、協議ができないまま時間が過ぎてしまうこともありがちです。しかし、相続手続をそのままにしてしまうと、相続人が亡くなって二次相続が発生するなど、ますます複雑になっていきます。
相続人に判断能力に不安がある方がいる場合は、成年後見制度の利用を検討しましょう。
日常生活自立支援事業
日常生活自立支援事業は、社会福祉協議会が判断能力の不十分な方と契約をして、福祉サービスの利用申し込み、契約手続き、日常的なお金の出し入れなどのサポート、預金通帳などの預かりをしてくれる制度です。
利用できるのは、判断能力が不十分で、日常生活自立支援事業の契約内容について理解、判断できる方です。
日常生活自立支援事業と成年後見制度は、共通する部分がありますが、日常生活自立支援事業の方がサポートの範囲が限られています。
ほかにも、契約をご本人の希望で終了させられる、費用が成年後見制度よりも安価などの違いがあります。
成年後見制度 | 日常生活自立支援事業 | |
---|---|---|
対象者 | 判断能力が ・ない →後見 ・著しく不十分 →保佐 ・不十分 →補助 |
判断能力が不十分で、契約内容について理解、判断できる方 |
支援者 | ・後見 →成年後見人 ・保佐 →保佐人 ・補助 →補助人 |
社会福祉協議会 |
手続き | 家庭裁判所に申立て(保佐、補助はご本人の同意が必要)、家庭裁判所による成年後見人等の選任 | 市町村の社会福祉協議会に相談、支援内容を決定し、契約 |
終了 | 申立ての取り下げは、家庭裁判所の許可が必要 成年後見人等が選任された後は、ご本人の判断能力の回復またはご本人が亡くなると終了 |
ご本人の希望で終了可能 |
支援内容 | 財産管理と身上監護に関する法律行為 <代理できること> ・後見 →財産に関するすべて ・保佐と補助 →申立ての範囲内で家庭裁判所が定める行為(ご本人の同意が必要) <同意または取消できること> ・後見 →日常生活に関する行為以外 ・保佐 →民法13条第1項に定める行為と申立てにより家庭裁判所が定める行為 ・補助 →民法13条第1項のうち申立てにより家庭裁判所が定める行為(ご本人の同意が必要) |
・日常的な預金の入出金等生活費の管理、公共料金等の支払手続 ・福祉サービスの利用手続の相談、援助 ・通帳、印鑑、証書等の預かり |
費用報酬 | 申立て費用は約15,000円(鑑定が必要な場合は約65,000円)、成年後見人等に対する報酬は管理財産額や事務内容等により家庭裁判所が決定(基本報酬約1~6万円/月) | 契約締結までは無料、契約後は有料(社会福祉協議会によって異なります。) |
お金の管理が難しくなった、通帳の保管場所を忘れてしまう、介護保険サービスを利用したいけどよくわからないなど判断能力に不安がある方で、日常生活のサポートが必要だと感じている方は、どちらの制度を利用した方が良いのかお住まいの社会福祉協議会でご相談されると良いかもしれません。
成年後見制度を利用した方が良い事例
具体的に事例をあげて、どのようなときに成年後見制度を利用した方が良いのかみていきましょう。
(事例1)母親と同居している兄が母親の預金から多額の引出しをしている
母親にはお金の管理のサポートが必要なようですが、まずは医療機関を受診して、母親の判断能力を確認しましょう。
兄が使途不明金について明らかにして、ご自身で問題解決できればいいですが、今後のこともありますので、家庭裁判所に母親の後見開始申立てをして、家庭裁判所に選任された成年後見人に同居の兄が母親の預金から引き出したお金について調査してもらうのが良いでしょう。
(事例2)遠方に住む認知症の父親が不利益な契約をしてしまうのではと心配
認知症の父親の財産を守るために成年後見制度の利用を検討しましょう。
成年後見人が選任された場合、成年後見人はご本人に不利益な契約を取り消すことができます。
また、今後父親が介護保険サービスを利用する際にも成年後見人が父親に代わって契約できます。
ただ、成年後見人の請求によって家庭裁判所が決めた報酬をご本人の財産から支払う必要があります。
また、ご本人の財産を投資などに使うことはできなくなります。
(事例3)物忘れがひどくなって、賃貸している不動産の管理が不安
不動産の賃貸借契約は、日常生活自立支援事業ではサポートしてもらえません。
不動産の管理をご本人に代わって行う必要があるときは、成年後見制度を利用しましょう。
判断能力に問題がない場合は、任意後見制度を検討しましょう。
将来判断能力が不十分になった場合にそなえて、任意後見人になる方と任意後見契約を公正証書で作成します。
判断能力がある間は、任意後見人になる方と生活支援や財産管理などに関する委任契約を結ぶこともできます。
(事例4)相続人のひとりが認知症で遺産分割協議ができない
姉の判断能力が不十分な場合、遺産分割協議をするためには姉に成年後見人等をつける必要があります。
後見・保佐・補助開始申立ては、ご本人、配偶者(夫または妻)、4親等内の親族、市町村長等ができます。ご本人のきょうだいも申立てが可能です。
ただ、申立てにはご本人の診断書が必要です。診断書を取得するには、姉の子どもの協力が必要である可能性が高いです。
姉の子どもに成年後見制度の説明をして、協力してもらえるように話しをしてみましょう。
まとめ
成年後見制度は、判断能力が不十分なご本人の生活や財産を守るための制度です。
日常生活自立支援事業も同様の趣旨ですが、カバーできない部分もあります。
一方、後見・保佐・補助開始申立てには、手間や時間、費用がかかりますし、一度成年後見人・保佐人・補助人が選任されると、請求に基づき家庭裁判所が決める報酬をご本人の財産から支払うことになります。
ご家族が成年後見人等に選任されると、定期的に家庭裁判所へ報告をする義務も出てきます。
どのようなときに成年後見制度を利用した方が良いのか、事例をあげてみてきましたが、ご不明な点や気になることがありましたら、弁護士や社会福祉協議会へのご相談をお勧めいたします。