親族が成年後見人になれる場合、なれない場合
監修:牧野法律事務所(千葉県弁護士会)
代表 牧野 房江弁護士

こういう場合は成年後見人をつける必要があると聞いたけれど、成年後見人の報酬が心配。
娘の私が成年後見人になれるのでしょうか?
上記のような疑問をお持ちの方は多いのではないでしょうか。
ご本人の子どもを含め、親族が成年後見人になることはあります。
最高裁判所事務総局家庭局が公表した「成年後見関係事件の概況-令和5年1月~12月-」では、令和5年(2023年)に選任された成年後見人等(成年後見人、保佐人、補助人)とご本人の関係は、全体の約18.1%が配偶者(夫・妻)、親、子、兄弟姉妹とその他親族でした。
残り約81.9%は司法書士、弁護士、社会福祉士などの親族以外です。
(出典:最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和5年1月~12月-」)
さらに、親族の内訳は、子が53.5%、兄弟姉妹が15.4%、配偶者が7.0%、親が6.6%、その他親族が17.4%でした。
そして、申立書に親族の候補者を記入した割合は22%で、親族が選ばれた割合が18.1%ですから、親族を候補者にして選ばれる割合は少なくないのではないでしょうか。
とはいえ、親族が成年後見人に選ばれたら「報酬が発生しないし、めでたしめでたし」ということばかりではありません。
成年後見人の仕事は責任重大ですし、一度選ばれたら、特別な事情がない限り、途中で辞めることはできません。
- どういう場合に親族は成年後見人になれる?
- 成年後見人がつくと報酬が発生することは知っているけれど、いくらくらいなの?
- 親族が成年後見人になった方がお得?
- 親族が必ず成年後見人になれる方法はないの?
- 親族を成年後見人候補者にしても良い場合は?
今回のコラムでは、このような疑問に対してお答えしていきます。
目次
親族を成年後見人に選ぶ場合、選ばない場合
親族が成年後見人に選ばれることもありますし、選ばれないこともあります。
上記の「成年後見関係事件の概況」では、親族の候補者を記入した申立ての8割強、候補者が成年後見人等に選任されています。
では、家族を成年後見人に選ぶ場合と、選ばない場合は、何が違うのでしょうか?
成年後見人になれない人
民法で、以下の人は「後見人となることができない。」と決まっています。
- 未成年者
- 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人、補助人
- 破産者
- 被後見人に対して訴訟をし、またはした者並びにその配偶者及び直系血族
- 行方の知れない者
後見人になれない人を候補者にしても、選任されることはありません。
家庭裁判所が親族以外を選ぶ場合
家庭裁判所が親族以外を成年後見人に選ぶのは、おおむね次のような場合です。
家族間で争いがある
ご本人をめぐって家族間で争いがある場合は、利害関係のない第三者に成年後見人になってもらって、ご本人の利益を守るようにしています。
例えば、父親の財産を兄が使い込んでいるといって、弟が父親について後見等開始の審判申立てをしたようなケースです。
第三者との争いがある
例えば、ご本人が相続人である遺産分割調停がある場合、家族が成年後見人になってご本人に代わって参加するよりも、法律の専門家である弁護士の方がご本人の利益を守るのに適任と言えるでしょう。
ご本人の財産構成や収支が複雑
例えば、たくさんの賃貸不動産を持っている、資産が多い、保険金の請求をする必要がある、など管理する財産が複雑だったり、多かったりする場合は、専門知識や実務経験が必要になるため、専門職が選ばれます。
候補者に心配な点がある
- 申立前にご本人の財産から候補者が多額の預貯金を引き出している
- ご本人の財産を隠している
- ご本人と候補者が同一家計で別々に財産管理ができていない
- 候補者が高齢で成年後見人の仕事が難しそう
- 候補者に多額の借金がある
- 候補者がご本人の財産を運用しようと考えている
などの事情があると、専門職が選ばれます。
逆を言えば、上記のような事情がなければ、候補者が選ばれる可能性が高いです。
ただ、家庭裁判所が決めることなので、「絶対」ではありません。
成年後見人選任の流れ
成年後見人を選ぶ流れは次のとおりです。
- 家庭裁判所に「成年後見等開始の審判」の申立て
- ご本人について
「精神上の障害(認知症、知的障害、精神障害等)により、判断能力を欠く常況にある人」
と判断される - 家庭裁判所が後見の開始の審判と、成年後見人の選任
審判の申立書には、成年後見人の候補者を記入する欄がありますが、必ずしも候補者が選ばれるわけではありません。
ご本人や家族全員が候補者の選任を希望していても、そのとおりになるとは限りません。
家庭裁判所は、ご本人の財産管理・身上監護をより適切に行うことができる人を成年後見人に選任します。
民法には、以下のように書いてあります。
「成年後見人を選任するには、
成年被後見人の心身の状態並びに生活及び財産の状況、
成年後見人となる者の職業及び経歴並びに成年被後見人との利害関係の有無(成年後見人となる者が法人であるときは、その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者と成年被後見人との利害関係の有無)、
成年被後見人の意見
その他一切の事情を考慮しなければならない。」
候補者を選ぶこともありますし、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職を選ぶこともあります。候補者と専門職の2人を選任(複数選任)することもありますし、候補者を成年後見人に選任して、さらに専門職を後見監督人に選任することもあります。
そして、家庭裁判所が選んだ人が嫌だからといって、不服申し立てはできません。
成年後見人の報酬はいくらくらい?
民法に「家庭裁判所は、後見人及び被後見人の資力その他の事情によって、被後見人の財産の中から、相当な報酬を後見人に与えることができる。」とあります。
では、「相当な報酬」がいくらなのか?
実際は、裁判官が成年後見人が提出した報告書に書いてある対象期間中の後見人の仕事内容やご本人の財産内容等を総合考慮して、裁量で決定しています。
専門職の成年後見人の報酬の目安
東京家庭裁判所では、報酬の目安を公開していて、専門職の成年後見人が通常の事務を行った場合の基本報酬が月額2万円とのことです。
ただし、管理している流動資産(預貯金や有価証券等)が1000万円~5000万円だと月額3~4万円、5000万円~だと月額5~6万円となるようです。これは、管理する資産が高額なほど、仕事が複雑・困難になる場合が多いからです。
さらに、財産管理・身上監護等に特別困難な事情があった場合、基本報酬に付加報酬が加算されます。例えば、成年後見人がご本人の代わりに遺産分割調停事件を解決した、保険金を請求して受領した、などです。
成年後見人は年に1回は家庭裁判所に報告書・財産目録等を提出しなければいけないので、専門職の成年後見人は、その際に報酬付与審判の申立てをします。
専門職の成年後見人が選任されると、年1回、少なくとも24万円の報酬をご本人の財産から支払うことになると考えておいた方がいいでしょう。
親族が成年後見人になった場合の報酬
では、親族が成年後見人になった場合、報酬はどのようになるのでしょうか。
もちろん、親族であっても、成年後見人としての仕事に応じた報酬を求めることはできます。
ただ、専門職の成年後見人に比べると、低額になることがあるようです。
また、親族から成年後見人の報酬付与の申立てがなされることは多くないようです。
親族が成年後見人になった方がお得とは限らない

報酬のことだけを考えれば、専門職よりも、親族が成年後見人になった方がご本人の経済的負担は少なくてすむかもしれません。
一方、成年後見人になると、厳格な財産管理と身上監護、年1回の報告が求められます。
そして、特別な事情がない限り、ご本人の判断能力が回復するまたは亡くなるまで辞められません。
その仕事の負担と報酬の負担をてんびんにかけて、「お得」かどうかを判断される方が良いでしょう。
なお、成年後見人の仕事のひとつである「身上監護(しんじょうかんご)」は、実際の介護や食事の世話などのことではありません。
ご本人の住居の確保、生活環境の整備、介護契約、施設等の入退所の契約、治療や入院等の手続きなどの法律行為と定期的なご本人の状況の確認等をいいます。
厳格な財産管理が求められる

成年後見人としてご本人の財産を管理するときは、ご自身の財産とは全く別に管理する必要があります。
もし、ご本人と同居していて、家計が一緒の場合でも、同居家族全体の生活費を人数で割るなどしてご本人の負担部分を算定して、これにご本人独自の費用(医療費や介護費等)を加えた額をご本人の財産から支出するなどの管理が必要となるでしょう。
そして、成年後見人には「善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)」があります。
これは、ご自身のためにするときの注意よりも高度な注意が必要とされるということです。
家族とはいえ、ご本人の財産を全面的に管理する権限を与えられた、いわば公的な地位に就くことになるので、厳格さが求められます。
日々の入出金については出納帳で管理して、レシートや領収証を保管するなど、「仕事」として行うことになります。
万一、注意義務に違反し、ご本人に損害を与えた場合は、損害賠償の責任が生じます。成年後見人を解任される、刑事責任を問われる可能性もあります。
年1回の報告が必要
少なくとも年1回は家庭裁判所に「後見事務報告書」と「財産目録」、財産資料(預金通帳の写しや有価証券取引残高報告書など)を提出する必要があります。
また、1回につき10万円以上の臨時収入や臨時支出がある場合は、資料を添えて報告しなければいけません。
報告書に不明点などがあると、家庭裁判所から追加の報告を求められることもあります。
さらに、家庭裁判所は、いつでも成年後見人に対して報告や財産目録の提出を求めること、後見事務やご本人の財産について調査をすることができるとされています。
「年1回のことならできる」なのか、「年1回でも負担」なのか、判断が分かれるところではないでしょうか。
家族間トラブルのリスクもあり
例えば、父親がすでに亡くなっていて、一人息子が母親の成年後見人になる場合、一人息子が行う後見事務についてあれこれ言う人は、ご本人(母親)くらいでしょう。
しかし、息子が2人いて、一方が母親の成年後見人になる場合、より慎重な対応が必要かもしれません。
すでに述べたように、成年後見人はご本人の財産を全面的に管理する権限を与えられているため、ご本人のための判断で、実際にご本人に不利益がなければ、誰にも文句を言われるものではありません。
それでも、もう一方の息子からすると、選任されたときは特に不満を持っていなくても、後になって、成年後見人の判断に対して、心情的にモヤモヤすることが出てくることがあるようです。
成年後見人になった息子にしてみても、献身的に後見事務をしても無報酬で、負担ばかりを感じ、もう一方に対してモヤモヤすることが出てくるかもしれません。
そういったモヤモヤは、最終的にご本人が亡くなった後に相続問題となって現れることが多いです。
家族間のトラブルが生じるリスクを考えると、専門職の成年後見人に任せた方が良いと言えるでしょう。
家族が必ず成年後見人になれる方法はないの?
すでに述べたように、成年後見人を選ぶのは家庭裁判所ですから、「必ずなれる」とは言えません。
他方、「任意後見制度」という制度を利用できる場合は、任意後見人に「必ずなれる」と言えます。
ただ、任意後見制度を利用すると、任意後見監督人に対する報酬が発生するため、専門職の成年後見人を選任してもらう場合と、経済的負担はほとんど変わらないでしょう。
また、任意後見人と成年後見人では、「できること」に違いがあるので、注意が必要です。
任意後見人と成年後見人の違い
任意後見人は、任意後見契約に記載されている委任事項しか、ご本人を代理することができません。
契約が発効してから、「あれもできるようにしたい。」と思っても、すでにご本人の判断能力が不十分な場合、委任事項を追加することはできません。
また、成年後見人はご本人が行った法律行為(日用品の購入などを除く)を取消す(なかったことにする)ことができますが、任意後見人に取消権はありません。
なお、任意後見契約が発効した後でも、「ご本人の利益のために特に必要があると認められるとき」は、家庭裁判所に後見開始等の審判を申し立てて、成年後見人を選任してもらうことはできます。
任意後見制度
任意後見制度は、ご本人の判断能力が十分なうちに、後見人候補者と「任意後見契約」を公正証書で締結することで、ご本人の判断能力が不十分になった後に、任意後見人がご本人に代わって委任された事務を行えるようになる制度です。
ご本人の判断能力がすでにない場合は、利用できません。
判断能力の有無は、公証人がご本人や関係者からの説明、医師の診断等を参考に、個別に判断して、公正証書が作成できるかを決めます。
任意後見契約では、
- 財産管理に関する法律行為(預貯金の管理・払い戻し、不動産等の重要な財産の処分など)
- 身上監護に関する事務(介護サービスの契約締結、福祉関係施設への入所契約締結など)
について、委任事項(任意後見人にお願いしたいこと)を自由に決めることができます。
任意後見契約は、ご本人の判断能力が不十分になった後、家庭裁判所に「任意後見監督人」の選任申立をして、家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときから効力が発生します。
任意後見監督人は、任意後見人が任意後見契約どおりに仕事をしているか監督する人で、多くの場合、弁護士や司法書士などの専門職が選任されます。
任意後見人の配偶者(夫・妻)、直系血族(親・子等)、兄弟姉妹は、任意後見監督人になることはできません。
任意後見制度について、詳しくは「任意後見制度について」をご覧ください。
家族を成年後見人候補者にしても良い場合
上記のまとめになりますが、家族を成年後見人候補者にしても良い場合は、次のような場合です。
- 財産が預貯金だけなどシンプルで多くない場合
- 出納帳の記入など厳格な財産管理が苦にならない場合
- ご本人の相続人になる予定の人が自分以外にいない場合
- 家族間のトラブルが起こる可能性が低い場合
成年後見人の仕事は厳格さが求められ、責任の重いものです。
しかも、特別な事情がない限り、簡単に辞められるものではありません。
ご本人、家族とよく話し合ったうえで、決めた方が良いでしょう。
わからないことや不安なことがある場合は、弁護士に相談してください。