家賃を払わない借主に建物から立ち退いてもらうには
監修:牧野法律事務所(千葉県弁護士会)
代表 牧野 房江弁護士
建物を貸している大家さん(賃貸人)によくあるお悩みに、借主(賃借人)が契約どおりに家賃を払ってくれない、があります。
期限に少し遅れて払ってくれていたのが、だんだんと延び延びになり、気が付けば1か月分滞納。しつこく催促すれば払ってくれる場合もありますが、何度も催促するのも大変ですよね。そのような借主は、できれば賃貸借契約を終わらせて、退去してもらいたいと思うものです。
では、契約どおりに家賃を払ってくれない借主には、すぐに退去してもらえるのでしょうか。
国土交通省が公開している「賃貸住宅標準契約書」には、次のような内容の規定があります。
多くの賃貸借契約書に、同様の規定があるのではないでしょうか。
この規定を根拠に、契約を解除して借主に退去を求めることはできます。
しかし、この規定を根拠に、強制的に契約を解除できるわけではありません。
借主が何か月も家賃を滞納して、何度催促しても無視しているような場合でも、勝手に鍵を換えたり、勝手に部屋に入ったりすることはできません。
このコラムでは、家賃を払ってくれない借主との賃貸借契約をどのようにして終わらせられるのか、どのような流れで借主に退去してもらうのか、みていきます。
目次
家賃不払の借主に退去してもらう流れ
相当の期限を定めて支払催告+解除の意思表示
まずは、借主に、相当の期限を定めて、滞納している家賃等を支払うように催告しましょう。
同時に連帯保証人に対して催告することもできます。
このときに、「期限内に支払いがなければ、契約を解除します」という内容を入れておくと、契約解除の意思表示もできるので、もう一度通知する手間が省けます。
その際、相手に催告したことを後で証明できるように、配達証明付きの内容証明郵便で通知書を送りましょう。
「相当の期限」は、おおむね5~7日くらいが一般的です。
次は、通知書の文例です。
通 知 書
令和4年○月○日
船橋市前原西2丁目13番13号メゾン牧野101号室
○○ ○○ 様
□□ □□
私は貴殿に対し、貴殿居住の船橋市前原西2丁目13番13号メゾン牧野101号室を1か月7万円、毎月25日限り翌月分支払いの約定で賃貸して参りましたが、令和4年7月分以降の賃料のお支払いを頂いておりません。令和4年10月分までの未払い賃料は合計金28万円に達しています。
よって、本書到達後7日以内に上記金28万円を支払われるよう催告いたします。
万一上記期限内に全額のお支払いのないときは、あらためて契約解除の通知をなすことなく、同期限の経過をもって貴殿との賃貸借契約を解除致しますので、併せて通知します。
なお、賃貸借契約書に「賃料を1か月間滞納した場合、賃貸人は、催告を要せず本契約を解除することができる。」のような「無催告解除特約」がある場合でも、借主に支払う意思や能力がないときなど「無催告で契約を解除しても不合理とは認められない事情」が必要になるため、まずは催告することをおすすめします。
借主が通知書を受け取って、
- 滞納家賃を払ってくれた場合 ⇒ 退去を求めるのは難しくなるでしょう。
- 期限までに滞納家賃を払ってくれなかったけれど、退去に応じてくれる場合 ⇒ 具体的な退去期限を決めて合意書を交わしましょう。裁判所の民事調停を利用することもあります。
- 期限までに滞納家賃を払ってくれず、退去も拒否している場合 ⇒ 速やかに「建物明渡等請求訴訟」を提起しましょう。
建物明渡等請求訴訟
「建物明渡等請求訴訟」は、借主に建物からの立ち退きと、滞納家賃等を請求する裁判です。
滞納家賃等については、借主と一緒に保証人に対して請求することもできます。
裁判をするためには、建物の固定資産評価額をもとに算出する手数料と郵便代が必要です。
また、訴訟は専門性が必要になりますので、弁護士に依頼する方が良いでしょう。その場合、弁護士費用が必要になります。
裁判のポイント
裁判では、裁判官が、当事者が提出した主張書面と、それを裏付ける証拠、当事者や関係者の尋問を検討して、最終的に判決を出します。
自分に有利な事情は、すべて書面や証拠にして提出するようにしましょう。
そして、裁判で大家さんが勝訴するポイントになるのが、「信頼関係破壊の法理」という考え方です。
こちらについては、後述します。
また、すべての裁判が判決で終わるわけではなく、当事者が歩み寄って、和解が成立することもあります。
和解が成立すると和解調書が作成されます。借主が和解内容どおりにしないときは、大家さんは和解調書にもとづいて強制執行することができます。
裁判は、裁判所に訴状を提出してから判決が出るまで、最短でも3か月程度はかかることが多いです。
判決を受け取ってから2週間以内に不服申立てがなければ判決は確定しますが、不服申立て(控訴)があると、さらに終結まで時間がかかります。
管轄裁判所
訴訟の提起は、訴状を裁判所に提出して行います。
提出する裁判所は、どこでしょうか。
まず、賃貸借契約書等に「この契約に関する紛争については、甲(大家さん)の住所地を管轄する裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。」のような記載があれば、その裁判所です。
契約書に上記のような記載がない場合、請求金額が140万円以下かどうかで、簡易裁判所か地方裁判所かが決まりますが、不動産に関する訴訟なので、地方裁判所で行われるのが一般的です。
その上で、
- 被告(借主)の住所地
- 建物の所在地
- 同時に滞納家賃等の請求をしているときは、債務の弁済の義務履行地である、原告(大家さん)の住所地
のいずれかから選べます。
訴状の記載事項
訴状には、請求の趣旨として
- 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
- 被告は、原告に対し、金○万円及び○年○月○日から上記建物明渡済みまで1か月○万円の割合による金員を支払え。
を記載します。
そして、請求の原因として
- 賃貸借契約の締結
(原告は、被告に対し、○年○月○日、別紙物件目録記載の建物を賃料月額○万円との約定で賃貸した。) - 建物の引渡し
(原告は、被告に対し、○年○月○日、本件賃貸借契約に基づき、本件建物を引渡した。) - 支払時期の経過
(被告は○年○月分の賃料を支払ったのち、その後の賃料を支払わない。) - 相当の期間を定めて支払いを催告
(原告は、被告に対し、○年○月○日、○年○月分から○年○月分の賃料を○年○月○日までに支払うように催告した。) - 相当期間の経過
(○年○月○日は経過した。) - 解除の意思表示
(原告は、被告に対し、○年○月○日、本件賃貸借契約を解除するとの意思表示をした。)
について記載し、それを証明する書類を証拠として提出します。
建物明渡の強制執行
大家さんが「建物明渡等請求訴訟」で
「被告(借主)は、原告(大家さん)に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。」
「被告は、原告に対し、金○万円及び○年○月○日から別紙物件目録記載の建物の明渡済みまで1か月○万円の割合による金員を支払え。」
という判決が得られ、その判決が確定したら、再度借主に滞納家賃等と立ち退きを請求しましょう。
それでも借主が立ち退きをしない場合は、次の流れで強制執行することができます。
- 確定判決への執行文付与申立と判決送達証明書の取得
- 建物の所在地を管轄する地方裁判所の執行官に強制執行の申立て
- 執行官が強制執行をする日(断行日)を決めて、借主に明渡しの催告
- 断行日までに借主が立ち退かない場合は、大家さん(又は代理人)立ち合いのもと執行官が断行日に建物内の動産を運び出し、居住者を退去させて、大家さんに引き渡し
- 強制執行完了
- 大家さんが鍵を交換して管理
なお、動産の運び出しなどは執行官が手配した執行補助者による搬出や大家さんが業者を手配して行います。
その費用は大家さんが負担することになり、執行補助者の人数によっては多額になります。
そのほか、裁判所に納付する手数料(東京地方裁判所の場合、不動産明渡は6万5000円~)も必要になります。
これらの執行費用は、借主に請求することもできますが、全額回収するのは難しいことが多いようです。
滞納家賃等については、借主の銀行口座や勤務先がわかっていれば、差押えの手続きができます。
また、建物明渡の強制執行と同時に、動産執行の申立てをすると、執行官が建物内の動産を差し押さえて、売却してくれます。
ただ、動産執行の対象になる動産は限られていて、生活に必要な家具などは差し押さえることができません。有価証券や宝飾品、価値のある絵画などが対象になります。
信頼関係破壊の法理
さて、「建物明渡等請求訴訟」において大家さんが勝訴するポイント「信頼関係破壊の法理」とは…
借主に契約違反があったとしても、「信頼関係が破壊された」と認められない特別な事情がある場合は、大家さんからの契約解除を認めないとする考え方です。
これは、法律で決まっているものではなく、裁判所の判断です。
建物賃貸借契約は、住居や店舗、事務所として使ってもらうため、建物を貸して、その対価として家賃を払ってもらう契約です。
この契約は、売買契約のように一回きりの関係ではなく、一定期間貸す・借りるの関係が続くもので、お互いの信頼関係を前提としています。
また、一般的に大家さんよりも借主の方が立場が弱いため、法律の世界では、民法の特別法である借地借家法で借主を保護しています。
そのような前提から出てくる考え方が「信頼関係破壊の法理」です。
何か月分の家賃滞納で信頼関係破壊になる?
大家さんからしてみれば、1か月分でも家賃を滞納したら借主を信頼できなくなるかもしれません。
実のところ、裁判所では「3か月分以上滞納で信頼関係破壊」のように決めているわけではありません。
裁判所は、家賃の不払いに基づく契約の解除に関して、一般的に契約関係を続けるのが難しいかどうかという見地から、次の点を総合的に考慮して判断しているそうです。
- 家賃不払の程度
- 不払に至った事情
- 過去の延滞の有無
- 大家さんからの催告の有無や催告に対する借主の対応
- 借主の支払意思と能力の有無
- 解除の意思表示後の賃料支払状況
とはいえ、借主の家賃不払いに特別な事情がなく、大家さんに非がない場合、おおむね3か月以上の滞納で信頼関係は破壊されたとして契約解除が認められるようです。
家賃滞納の裁判の事例
例えば、次の事例(東京地裁平成23年12月15日)は、契約の解除が認められませんでした。
- 契約書に、借主が家賃等を1か月でも滞納したら大家さんは契約を解除できるという条項があった
- 入居当初から建物に不具合があり、大家さんに修繕を依頼していたのに対応してくれなかったので、借主が家賃を減額して支払っていた
- 大家さんが、減額された分の未払家賃等を請求(控訴審では契約解除による建物明渡を附帯請求)する裁判を起こした
⇒ 未払家賃は6か月分超であったにもかかわらず、契約の解除は認められませんでした。
借主が大家さんに、大家さんが4か月以上たっても修繕してくれないため家賃を減額することを内容証明郵便で通知しており、借主の家賃未払いは大家さんの修繕義務違反が原因だから、という判断です。
また、次の事例(東京地裁平成19年6月27日)でも、契約の解除は認められませんでした。
- 契約書に、借主が家賃等を1か月でも滞納したら大家さんは無催告で契約を解除できるという条項があった
- 借主は、一時期家賃滞納を繰り返し、最大1年分の滞納があった
- 大家さんは借主に対して、契約を更新しないので明け渡してほしいこと、長期間滞納があることを伝えた
- 借主は分割して滞納家賃を支払った
- 大家さんはまだ2か月半分の滞納家賃があると誤解して無催告解除の意思表示をしたが、実際の滞納家賃は1か月分未満だった
- 大家さんが建物明渡と未払家賃等を請求する裁判を起こした
⇒ 過去に多額の滞納があったにもかかわらず、契約の解除は認められませんでした。
大家さんが解除の意思表示をしたときにはほとんど滞納はなく、信頼関係を破壊するに至らない程度にまで回復させていたから、という判断です。
一方、次の事例(東京地裁令和3年2月2日)では、契約の解除が認められました。
- 借主は、継続して1か月分以上家賃を滞納していた
- 滞納家賃が3か月分(15万円)に達し、大家さんが催告のうえ、契約解除の意思表示をした
- 借主が催告期間内に11万円を支払った
- 大家さんが建物明渡を請求する裁判を起こした
⇒ 借主が催告期間内に滞納家賃全額を支払わなかった時点で、信頼関係は破壊されたものと判断され、契約の解除が認められました。
家賃不払の借主に退去してもらうポイント
上記のとおり、催告・解除の通知 → 裁判 → 強制執行は、時間も費用もかかってしまいます。
できれば大事になる前に対処したいところです。
また、裁判になったとしても、借主から反論される余地をなくしておくことも重要です。
さらに、せっかく勝訴判決が確定しても、強制執行できない状況だとすべてが無駄になってしまいます。
できるだけスムーズに退居してもらうポイントを確認しましょう。
大家さんの義務を忘れずに
建物を貸している大家さん(賃貸人)は、借主(賃借人)が契約の目的(店舗や住居など)に従って建物を使用できるように修繕する義務があります。
一方、借主は、契約どおりに賃料を払う義務、建物を「善良な管理者の注意義務」をもって使用する義務、建物を返すときには故意(わざと)や過失(うっかり)により生じた損傷について元に戻す(原状回復)義務があります。
大家さんと借主は、お互いの義務を果たしているからこそ、自分の権利を主張することができます。
前記の裁判の事例にもあるように、大家さんが修繕義務を果たしていないと、契約の解除が認められない可能性があるので、注意しましょう。
借主の管理はしっかりと
借主がたくさんいる場合や管理会社に家賃管理をお願いしている場合、借主の支払いが遅れていることに気づくのは大変かもしれません。
また、少し遅れていても、払ってくれているならいいかと見過ごしている場合もあるかもしれません。
しかし、借主の中には、「大家さんが何も言わないから遅れても大丈夫か。」と誤った認識を持つ人もいます。
裁判になったときも、大家さんが都度催告をしていないことが、不利になる場合があります。
気が付いたら3か月分滞納されていた、のような事態にならないように、しっかり借主の管理をしていきましょう。
滞納家賃よりも退去を優先した方がよいことも
借主に滞納家賃を全額支払ってもらってから退去してもらうのが、一番理想的です。
連帯保証人に支払ってもらえるなら、それでもよいでしょう。
しかし、借主も連帯保証人も支払いができない状況の場合、早期に次の借主を探すためにも、滞納家賃の回収よりも退去を優先させた方が合理的であることもあります。
そのために、契約を解除して期限内に退去することを条件に、例えば滞納家賃の分割払いを認めたり、滞納家賃を免除したり、引っ越し費用を負担してあげたりすることも考えられます。
裁判と強制執行にかかる時間と費用、借主の意向や状況、次の借主が入る見込みなど、総合的に検討して、方針を決めましょう。
強制執行のための仮処分が必要なことも
せっかく裁判で勝訴して、「被告(借主)は、原告(大家さん)に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。」という判決が確定しても、強制執行するときに建物にいるのが被告(借主)とは別の人物だと、執行官は退去させることができません(借主の家族や従業員は退去させられます。)。
そのため、質の悪い借主の中には、自分の代わりに別の人物にいてもらって、強制執行を免れようとする人もいます。
そのようなおそれがあるときは、借主とは別の人が建物に居つかないように、「占有移転禁止仮処分命令申立」をする場合があります。
まとめ
家賃を滞納する借主に退去してもらうためには、まめに催促して、修繕が必要なところは早めに対応するようにしましょう。
家賃の滞納が3か月分くらいになったときは、支払催告+契約の解除の意思表示を配達証明付き内容証明郵便で通知しましょう。
裁判 → 強制執行は時間も費用もかかってしまうため、借主が退去に応じてくれそうならば、滞納家賃には目をつぶって、早期に退去してもらうように交渉するのもひとつの選択肢です。
借主がどうしても退去してくれない場合は、裁判 → 強制執行をすすめましょう。
その際は、専門知識が必要になりますので、弁護士に依頼した方がよいでしょう。
家賃を払わない借主についてお悩みのときは、まずは弁護士にご相談ください。