配偶者居住権とは?利用した方が良い場合・良くない場合
監修:牧野法律事務所(千葉県弁護士会)
代表 牧野 房江弁護士
目次
はじめに
「配偶者居住権」という言葉をお聞きになったことはありますか?
「配偶者居住権」は、2020年4月1日から始まった新しい権利です。
2018年7月13日に民法の相続に関する規定が大幅に改正され、そこで新設された制度です。「約40年ぶりの相続法改正!改正法の内容を徹底解説(第2回)~自筆証書遺言制度、配偶者居住権制度について~」もご覧ください。
今回のコラムでは、配偶者居住権のうち、長期配偶者居住権(このコラムでは「配偶者居住権」とします。)について、設定するための条件、どのようなときに利用した方が良いのか、利用しない方が良い場合などについてみていきます。
なお、「自宅不動産を相続するときの考え方」もご参考にどうぞ。
配偶者居住権とは?
例えば、夫婦で夫名義の家に住んでいて、夫が亡くなった後、夫の遺産である不動産(土地・家)と預貯金を妻と子ども2人で分ける場合で考えます。
遺産:不動産(時価2000万円)、預貯金(1000万円)
相続人の法定相続分:妻が2分の1、長男が4分の1、長女が4分の1
単純に考えて、妻は1500万円分の遺産、子どもが各750万円分の遺産を相続することになります。
もし、妻が不動産を取得することにすると、妻は500万円分取り過ぎになってしまうので、子どもに250万円ずつ渡すことになります。
しかし、妻が500万円を持っていない場合、妻は不動産を取得できず、新しい住居を確保する必要が出てきます。
妻が高齢の場合、新しい住居を確保し、転居することは、経済的にも精神的にも大変なことが多いです。
そこで、建物は子どもが取得して、妻はその建物に無料で住む権利と預貯金を取得することができるようにしたのが、「配偶者居住権」の趣旨です。
配偶者居住権の財産的価値はゼロではなく、評価方法に則って計算して評価されます。配偶者(夫または妻)は、配偶者居住権の財産評価額を相続したことになりますが、その建物自体の財産評価額よりも低額になるので、住居を確保した上で預貯金等も相続できるメリットがあります。
なお、配偶者居住権の評価方法はいくつかあり、いずれも複雑なので、このコラムでは割愛させていただきます。国税庁のホームページ、法務省の評価方式の一例、日本不動産鑑定士協会連合会の研究報告をご参照ください。
配偶者居住権の概要
- 配偶者は、無料で今まで住んでいた建物に住める
- 配偶者には、その建物について「善良なる管理者の注意義務」(ちゃんと注意して管理する義務)がある
- 配偶者は、その建物の所有者の承諾があれば、その建物を賃貸借できる
- 配偶者居住権を他の人に譲渡することはできない
- 配偶者は、その建物の所有者の承諾がないと、増改築できない
- その建物の維持管理に必要な修繕等は、配偶者が費用を負担して行える(配偶者が修繕しない場合は、その建物の所有者が行い、配偶者が費用を負担する)
- その建物や敷地の固定資産税等は、配偶者が負担する
- 配偶者居住権の設定登記をしないと、その建物について権利を持つ人に対して配偶者居住権を主張できない(その建物の所有者は、配偶者に登記をさせる義務があります)
配偶者居住権を使って住める期間
原則として、配偶者は自分が亡くなるまで、その建物に無料で住むことができます。
一方、遺産分割協議や遺言によって期間を定めることも可能です。
ただし、その期間を延長や更新することはできないので、ご注意ください。
配偶者居住権がなくなるとき
次のような場合に、配偶者居住権はなくなります。
- 配偶者が亡くなったとき
- あらかじめ決めていた期間が満了したとき
- その建物が全部なくなるなど、住めなくなったとき
- 配偶者が「善良なる管理者の注意義務」を怠る、またはその建物の所有者の承諾なく賃貸借、増改築をした場合に、改めるように言っても直さないときにその建物の所有者が配偶者居住権をなくす請求をしたとき
- 配偶者がその建物の単独所有者になったとき
- 配偶者が配偶者居住権を放棄したとき
配偶者居住権を設定するための条件
配偶者居住権は、次の条件をすべて満たしていないと設定することはできません。
- 配偶者が亡くなったときに、亡くなった配偶者が所有していた(または夫婦で共有していた)建物に住んでいた
- その建物について配偶者が配偶者居住権を取得する内容の遺産分割、遺贈、死因贈与があった
それぞれの条件についてみていきましょう。
配偶者(夫または妻)が亡くなったときに、亡くなった配偶者が所有していた(または夫婦で共有していた)建物に住んでいた
ここでの「配偶者」は、結婚した夫または妻です。内縁の夫または妻は含まれません。
そして、その建物の所有者が亡くなった配偶者、またはその建物を夫婦で共有していた場合のみ、配偶者居住権を設定できます。
例えば、亡くなった配偶者と長男の共有だった場合は、設定できません。夫婦と長男の3人で共有していた場合も同様です。
「住んでいた」というのは、生活の拠点を置いていたということで、配偶者が亡くなったときに入院していて、退院後はその建物に帰るのであれば、「住んでいた」に該当します。
その建物について配偶者が配偶者居住権を取得する内容の遺産分割、遺贈、死因贈与があった
配偶者居住権を設定する際は、遺産分割、遺贈、死因贈与のいずれかが必要です。
遺産分割
相続人全員で遺産の分け方を話し合う際に、配偶者居住権を設定することができます。
遺産分割協議書に、次のような条項を設けます。
また、遺産分割調停や審判でも配偶者に配偶者居住権を取得させることができますが、次のような場合に限られます。
- 相続人全員が同意している場合
- 配偶者が配偶者居住権の取得を希望していて、配偶者の生活を維持するためにどうしても必要
遺贈
遺贈は、遺言で行う贈与です。
遺贈は、遺言者が亡くなったと同時に効力が発生します。
遺贈で配偶者居住権を設定する場合は、次のような遺言を書きます。
遺贈の場合に気を付けなくてはいけない点があります。
- 遺言執行者を指定しておく
- 2020年4月1日以降に作成した遺言
配偶者居住権の設定の登記をする際、遺言執行者を指定しておくと、配偶者と遺言執行者で手続きすることができます。遺言執行者を指定していないと、原則としてその建物の所有者と配偶者が手続きすることになり、所有者の協力が不可欠になります。
配偶者居住権の制度は2020年4月1日に始まったので、それ以降に作成した遺言に書いておく必要があります。
なお、結婚期間が20年以上の夫婦の場合、配偶者居住権の遺贈があっても、配偶者は配偶者居住権の財産評価額を自分の相続分に含めなくてもよいことになりました。つまり、配偶者は、配偶者居住権とは別に、相続分2分の1の遺産を取得することができます。
死因贈与
死因贈与は、生前に贈与する人(贈与者)と贈与を受ける人(受贈者)が契約を交わし、贈与する人が亡くなったときに契約の効力が発生する制度です。
死因贈与契約で配偶者居住権を設定する場合は、次のような内容の契約書を夫婦で作成します。
第2条 本件贈与は、贈与者の死亡によって効力を生じ、かつ、これと同時に配偶者居住権は当然に受贈者に移転する。
死因贈与の場合に気を付けなくてはいけない点があります。
- 公正証書で作成する
- 始期付所有権移転仮登記をしておく
- 執行者を指定しておく
公正証書を作成するには費用がかかってしまいますが、登記の申請が簡単になります。
ここでの仮登記は、登記の順位を仮に確保しておくためのものです。
公正証書に贈与者が仮登記申請を承諾すると書いておけば、受贈者が一人で仮登記の申請をすることができます。
配偶者居住権の設定の本登記をする際、死因贈与契約の執行者を指定しておくと、配偶者と執行者で手続きをすることができます。執行者を指定していないと、相続人全員と配偶者が手続きすることになり、相続人全員の協力が不可欠になります。
どのようなときに利用した方が良いのか
配偶者居住権制度を利用した方が良いと考えられるのは、次のような場合です。
- 配偶者がその建物に住み続けることを希望している
- 配偶者が高齢
- 配偶者がその建物を取得できない
配偶者が別の建物に住むことを希望している場合は、配偶者居住権を設定する必要はありません。
配偶者が若年の場合、配偶者居住権の財産評価額が高額になる可能性が高く、配偶者居住権を設定するメリットが小さくなります。
不動産以外の遺産、例えば預貯金が少額である場合、配偶者が不動産を取得すると、そのほかの相続人が取得できる額が少なくなってしまうので、配偶者は取り過ぎた分を他の相続人に支払うことになります。
配偶者にとってその支払いが難しい場合は、配偶者居住権を設定するメリットがあります。
利用しない方が良い場合
配偶者居住権を利用しない方が良い場合もあります。例えば、次のような場合です。
- 配偶者が介護施設等に入所する予定
- すでにその建物に賃借権や抵当権等の登記がある
配偶者がその建物に住まなくなった場合、その建物の所有者に配偶者居住権を財産評価額で買い取ってもらうことや、その建物の所有者の許可を得て第三者に賃貸することは可能です。ただ、その建物の所有者に承諾してもらうことが必要です。
配偶者の健康状態やその建物の所有者との関係性等を考慮して、配偶者居住権を利用するか、しないか、検討しましょう。
不動産は、先に登記された権利が優先されます(所有権は最新の登記名義人が所有者です)。
配偶者居住権の登記より先にその建物に賃借権が登記されていると、その賃借権の方が優先されてしまい、配偶者はその建物に住む権利を主張できません。
また、その建物に抵当権が登記されていると、抵当権が実行されてその建物の新所有者になった人から明渡しを求められた場合、拒否することができません。
その建物の権利関係を確認した上で検討しましょう。
まとめ
配偶者居住権は、配偶者が高齢で、亡くなった配偶者名義の建物を相続できないけれど、今まで住んでいた建物に引き続き住みたい場合にちょうど良い制度です。
制度の詳細や配偶者居住権の財産評価額の算定、自分の場合には利用した方が良いのかどうかなど、ご不明な点がありましたら弁護士にご相談ください。