自宅不動産を相続するときの考え方
監修:牧野法律事務所(千葉県弁護士会)
代表 牧野 房江弁護士
目次
はじめに
「老後2000万円」問題が世間を騒がせておりますが、相続の場面でも無関係ではありません。
老後の生活の中で預貯金が減り、自宅が主な財産として残された場合、不動産は預貯金のように単純には分けられないという問題が生じるからです。
そこで、以下では、自宅が主な財産である場合の相続について、架空の家族を例にして具体的に考えていきましょう。
ある家族の相続
次の家族を例として考えてみます。
亡くなった方(被相続人):70歳の男性
残された家族(相続人):
・65歳の妻
今後年金で生活していけるため、現金は必要ありません。
自宅を売って老人ホームに入りたいとも考えておらず、亡くなるまで自宅に住み続けたいと希望しています。
・40歳の長女
離婚して15歳の子どもと2人で賃貸マンションに住んでおり、子どもの進学費用等のために現金を必要としています。
母を気遣い、将来的に自宅に戻ることも検討しています。
・35歳の長男
自身の妻と5歳の子どもと3人で分譲マンションに住んでおり、住宅ローンの支払いや、子どもの進学費用等のために現金を必要としています。
自己所有のマンションがありますので、自宅不動産は必要ありません。
民法に定められた相続財産を分ける割合(相続分といいます)は、妻が2分の1、長女と長男はそれぞれ4分の1です。
相続財産:
・50坪の土地の上に、建坪いっぱいに建った自宅。
土地建物を併せて時価7000万円程度
・預貯金1000万円程度
※定年まで勤めあげて住宅ローンを完済しており、他の借金もありません。
つまり、相続財産は合計8000万円ということになります。
単純に考えれば、妻は8000万円の2分の1の4000万円相当、長女と長男はそれぞれ4分の1の2000万円相当の相続財産をもらえるはずです。
ただ、預貯金は1000万円しかありません。
そこで、自宅をどのように分けるかが問題となります。
不動産の分け方
不動産の分け方には、現物分割、代償分割、換価分割、共有の4つの方法があります。
(1)現物分割
現物分割は、ピザを切り分けるように、不動産そのものを分ける方法です。
土地で考えるとわかりやすいと思います。
例えば、100坪の更地を50坪ずつ分筆するような場合です。
今回の家族の場合、自宅の土地や建物そのものを3人で切り分けることは現実的ではありません。
(2)代償分割
代償分割は、相続人のうち誰かが不動産をもらい、他の相続人に代償金を支払う方法です。
今回の家族の場合、自宅の土地建物に7000万円の価値がありますので、妻が自宅をもらうとすると、本来の相続分を超える分(今回は3000万円)を子どもたちに代償金として支払わなければならなくなってしまいます。
妻には3000万円もの預貯金はありませんので、この方法も現実的ではありません。
(3)換価分割
換価分割は、不動産を売却し、売却代金を相続人で分ける方法です。
最もわかりやすい方法ですが、今回の家族の場合、妻が自宅に住んでいますので、自宅を売ると住む場所がなくなってしまいます。
子どもたちはそれぞれマンションに住んでいますが、いずれも狭く、妻を受け入れることは困難です。
そうすると、この方法も現実的ではないということになってしまいます。
(4)共有
共有は、相続人で分けずに一緒に所有する方法です。
今回の家族の場合ですと、妻2分の1、子どもたち各4分の1の割合で共有することになります。
結局分割していないことと同じですが、(1)~(3)に比べて簡便な方法ですので、実際にはよく利用されます。
現実的な解決策は
解決策1:妻がすべて相続
今回のような家族の場合、最もよくあるのは、亡くなった方の遺産を妻がすべて取得するというものです。
相続税には基礎控除の制度があり、3000万円+相続人の数×600万円までは非課税となります。
今回の場合、相続人は3人ですから、基礎控除額は4800万円です。
今回の相続財産は8000万円ですから、4800万円を超えており、相続税が発生することになります。
したがって、相続税申告をしなければなりません。
なお、自宅については小規模宅地の特例の適用を受ければ80%減額されますので、基礎控除の範囲内におさまる可能性があります。
仮に基礎控除の範囲を超えたとしても、妻は、配偶者控除の制度によって相続財産1億6000万円まで課税をまぬがれることができるため、遺産のすべてを妻がもらうこととすれば、相続税を支払わずに済むことになります。
しかしながら、妻がすべての相続財産を取得してしまうと、当然ですが、子どもたちは財産を受け取れません。
妻が亡くなればまた相続が発生し、結局子どもたちが受け取ることになるのですが、それまでは待てないという場合も起こりえます。
解決策2:妻と長女が自宅を共有
では、相続人3人で分割するとして、現実的な解決策を考えてみましょう。
ここからは特に、妻と子どもたち2人のそれぞれの事情が重要になってきます。
今回の家族の場合、妻は現金は必要なく、亡くなるまで自宅に住み続けたいと希望しています。
長女は、現金を必要としていて、将来的に自宅に戻ることも検討しています。
長男は、現金を必要としていて、自宅不動産は必要ありません。
このような事情からすると、まず考えられるのは、長女が近いうちに妻と同居する前提で、自宅を取得するという案です。
例えば自宅を妻と長女が2分の1ずつの持分で共有取得します。
妻と長女が相続財産から受け取ることのできる合計金額は6000万円であるところ、自宅の価値は7000万円ですから、1000万円余計に受け取ることになります。
そうすると、本来、長女は、長男に1000万円の代償金を払わなければなりません。
ただ、長男は預貯金1000万円をまるごと受け取れること、不動産の価値は変動すること、長女は今後同居して妻の面倒を見る予定であることなどを考慮して、代償金の額を下げ、長女が支払える合理的な金額で合意するのが現実的と思われます。
長女は、自宅に戻れば家賃を支払わなくてよくなるわけですから、一部分割払いにしてもいいかもしれません。
解決策3:妻と長女と長男で自宅を共有
長男がどうしても減額には納得できない、あるいは長女がどうしても数百万円は支払えないという場合には、上記の解決は難しいことになります。
そうしますと、自宅の持分を妻7分の4、長女7分の2、長男7分の1の共有として、長男が預貯金1000万円を取得するとか、自宅の持分を妻14分の8、長女と長男が14分の3ずつの共有として、預貯金を長女と長男で500万円ずつ分けるという方法等が考えられます。
しかしこの方法はあまりよい解決方法とはいえないでしょう。
長女と長男が母親思いで譲歩する考えがあるのであれば、自宅は母親が相続し、預金を長女と長男が2分の1ずつ分けるのもよいでしょう。
母親が施設に入所するとか死亡したとき、自宅売却を考えます。親の財産はいずれ子どもに相続されるのですから、浪費をする親ならばともかく、自宅を売却されるおそれがないのであれば、母親の相続が発生するまで待ってあげるのも良いと思います。
解決策4:妻が配偶者居住権を取得
2020年4月1日以降に亡くなった場合は、「配偶者居住権」の制度を利用することができます。
「配偶者居住権」は、被相続人が亡くなった時点で自宅に住んでいた配偶者(夫または妻)が、自宅を取得しなくても、自身が亡くなるまで無償で住み続けられる権利です。
「配偶者居住権」の財産的価値は自宅の財産的価値よりも低額なので、今回のように妻が自宅に住み続けることを希望している、預貯金が少ない場合には有効な解決方法と言えるでしょう。
「配偶者居住権」について詳しくは、コラム「配偶者居住権とは?利用した方が良い場合・良くない場合」をご覧ください。
おわりに
このように、自宅不動産を主とする遺産分割については、家族の事情に応じて、様々な考え方や解決方法があり、単純には決めにくいものです。
そのため、話し合う前の準備段階や、話し合いが進まなくなってしまったときなどには、専門家に相談されることをお勧めいたします。